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縁起で生かされている

先日のアジアのビジネス
プロフェッショナルとの
会合の時に、私がなぜ今のような
キャリアパスを歩んできたのか、
詳しく聞かせて欲しいという方が
寄ってきてくださいました。

しばらく話してなかったような
ことをお話しして、改めて
自分の今の人生があるのは、
すべて素晴らしい縁起の
おかげだなと実感したので、
ここでもう一度、投稿しようと
思いました。

私の個人的な体験談ですので
ご興味のある方だけ読み
進めてください。

 

私は、25歳の時に大病をしました。
それは何の前触れもなく、
突然襲いかかってきました。

ほっておけば失明するような
病気です。

昔から視力が悪くて、
社会人になって少し経った頃
だったので、レーザーによる
某視力回復手術を
受けようと計画していました。

ネットで病院を調べて、
値段もお手軽で悪くなさそうな
ところを予約して、適正検査も
通って、手術日を待つのみでした。

そのとき私はIT企業に勤めていました。
ITインフラで日本と世界を
繋ぎたい!と思った、それが
就職を決めた理由でした。

その時の上司が、
「友人が病院勤めしているので、
紹介で視力矯正手術を安く
受けられるから行ってみれば?」
と言ってくれたのです。

すでに病院も決まって
いたし、面倒だな。。。と
正直思ったと思います。でも、
その割引が結構大きかったので、
(お金で動く当時の私!)
千葉県の奥地の総合病院に
往復4時間近くかけて行って
みることにしたのです。

 

すると、なんと、そこで重篤な
目の疾患を診断されたのです。
視力矯正手術どころではない、
今すぐ緊急入院、外科手術が必要
となったのです。

ひとまずは、千葉では入院できないからと
実家の近くの大学病院を紹介
してもらい、翌日にでも
行くように言われました。

歩いたり、動くだけでも進行するから、
気をつけて帰りなさいと。

ショックのあまり呆然として、
涙が止まらなくなりました。
そのとき、唯一連絡がついた
親族が姉でした。

 

フラフラしながら、
電車で放心状態で帰ってくる
道すがら、姉はその病気を
ネットで調べて、
大丈夫だから、
治るから、
心配ないから、
とメッセージを送り続けて
くれたので、正気を
取り戻してなんとか
家に帰ってこれたのでした。

姉は月の8割くらいは海外に
いる仕事をしていたので、
その時連絡が取れたことも、
奇跡だったのでした。

私は目があまり見えない状態。
母はネット検索が当時はあまり
得意ではなかったので、
姉でなかったらあのときのフォローは
できなかったし、あのフォローが
なかったら無事帰宅できた
自信がなかったです。

 

翌日地元の大学病院で
すぐに入院・オペとなりました。

傷口が早く治癒するように、
絶対安静でベットに張り付き状態でした。
本来であれば退院できるはずの
3週間を過ぎても
なかなか退院できずにいました。

そうしているうちに、
再手術が宣告されました。
追加の処置がないと完治が
難しいとの判断でした。

一度オペをした傷口を
再度開くことになり、
すべてのプロセスが
痛みとの戦いでした。

二度目の手術が終わり
オペ室から出る時には、
すでに麻酔が切れかかって
猛烈な痛みが走っていたのを
覚えています。

気が遠くなるほどの痛みでした。

予想よりも早くオペ室から
私が出てきたので、両親は
別の場所で待機していて、
すぐに面会できなかったのです。

病室に戻されて、
両親を待っているうちに、
痛みがピークになって
気を失う寸前でした。

そのとき、両親が現れて
痛みもがく私を抱きしめると、
不思議と痛みがすべて
消え去ったのです。

本当に、あのときの
感覚は今も忘れません。

まるで奇跡のように、
痛みがスーッと引いたのです。

痛みで死ぬのじゃないかと
思いましたが、
痛みは幻だったのかも
しれません。今だに
あれがなんだったのかは
分かりません。

 

入院中、主治医の先生は
本当にいつもよくしてくださいました。
看護士さんも皆さま
明るくて、優しい方ばかりでした。

先生は、毎日の往診はもちろんのこと、
休みの日も少し顔を出しては
声をかけてくださいました。

先生のお気遣いに救われました。

執刀医はこの先生ではなくて
眼科長でした。
主治医の先生は、
当時35歳ぐらいでした。
先生よりも若い他の医師も
いらっしゃいましたが、
先生が一番、ジュニアとして
扱われていました。

その理由は先生は、はじめから
医師の道を進まれたのではなくて、
英語教師をされていて、
どうしても医者になりたいと、
医学部に入り直して医師に
なられてたからでした。

年齢や順番は関係ない。
いつでも自分の思う道を
進めばいい。そう、
教えてくださったのも先生でした。

いつも患者さんだけではなくて、
看護士や他の医師の方々にも
気配りが届くて、本当に、
抽象度の高い方だと思います。

病院という場の理想の姿を
見たように思いました。

先生との出会いが、
医療に興味を持ち、
医療経営を学び
人の健康のために寄与したいと
思うようになったきっかけでした。

私が疾患して何年か経ってから
父も目の病気を患いまして、
亡くなる直前まで先生に
お世話になっていたのでした。
病院嫌いの父も、
この先生だからこそ、と、
欠かさず通院をしていました。

父の死をご連絡した時も、
並々ならぬお気遣いを
いただいたのです。

先生との出会いがなければ
私のその先のキャリア選択は
なかったと思います。

ヘルスケア関連の企業に勤めて
製品によって物理的に
人の体へのアプローチする世界から、
人のマインドの世界への転身も
なかったかもしれません。

 

結局は1ヶ月半の入院となりましたが、
その間、家族、会社の方々、友人と
毎日のように面会に来てくださり、
長期に渡る入院にもかかわらず
誰もお見舞いに来てくれなかった
日はなかったのでした。

家族そして、周りからたっぷり
愛情をいただき、それを感じることが
できた、貴重な経験でした。

 

あのとき、すべての縁起が
あのように動いていなければ、
今の私はありません。

そもそも、上司が、
千葉の病院へ行ってみることを
提案してくれなければ、
私は疾病を抱えたまま
視力矯正手術を受けて、
今頃は失明してたでしょう。

もし目が見えなくなっていても、
それはそれで私の人生の縁起だった
のかもしれません。

それでも、目が見える未来が
与えられた。コーチとしての
人生を歩む機会を得ることが
できた。

この縁起は、さらに未来に向けて
つないでいく、生かしていくことが
私の使命なのだと感じます。

なぜ、こんな縁起に恵まれたのか、
それは、ぼんやりとしていたけど、
自分の中にゴールがあったから
だろうと思います。

当時はコーチングについては
全く何の理解もありませんでしたが、
ひたすら夢を追い求める、
生命力の高い自分で
あったのは今と変わりません。

意思があるところに道が
ひらける。

Where there is a will,
there is a way.

by Abraham Lincoln

 

未来への希望が、
生のエネルギーを与える。

すべての縁起に感謝。
今の健康な私の体に、
そしてマインドに感謝です。

長くなりましたが、
読んでいただきありがとうございます。

 

今日もありがとうございます。

いつもありがとうございます。

 

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